LIFE IS BEAUTIFUL!
1月26日、早朝。 父が永眠した。
最愛の・・・・なんて言葉では言い表せないほど、私にとって本当に大切で大好きな父。
赤ん坊の頃から、私の身のまわりのお世話を全てしてくれて、いつも私を守ってくれた父。
父でもあり、母でもあり、兄弟のようでもあり、そして親友のような・・・・
そんなお父さん。
小さいとき、夜中にふと目を覚まし、
『いつかは、お父さんも死んじゃうんだ・・・・』ときゅうに不安になって、怖くなって涙が止まらなくなったことがあったっけ。
とにかく、いつ、どこに行くにもお父さんと一緒だった。
知り合いや親戚にはいつも私を『おらの宝物だから』と言って歩いていた父。
父との日々を思い出すと。。。
思い出はありすぎて、そして父の溺愛ぶり(私への)が恥ずかしいほどで、泣くどころか、何だか恥ずかしくなってきて、顔がほころぶ。
そして、父の深すぎる愛情で胸がいっぱいどころか、お腹がいっぱいになってしまう(笑)
そして、ふと気がついた。
たくさんたくさんお父さんから愛情をもらった私は何て幸せものなんだろう。
今度は、私が私の子供達にたっくさんの愛情を注ぐ番なんだ!って。
だって、もうこれ以上お父さんにしてもらうことは何もないもの。
亡くなった日の朝。
雲ひとつない、水色の空。
朝日がすごくまぶしくて、病室に降り注いでいた。
穏やかに眠る父に、カーテンを開けて朝の光をあててあげた。
葬儀が終わるまでの3日間。
どの日も、とても穏やかな快晴。
火葬場からの帰り道、バスの中から眺める川はまぶしくてキラキラしていて。
空はきれいな水色だし、川はキラキラ光っているし、冬だというのに太陽がまぶしくて。
私たちを悲しませないように、お父さんがそうしたのか、それとも、お父さんの心が穏やかだからなのか・・・・
キラキラっていう言葉がピッタリの晴れた3日間。
父の気持ちと、私の気持ち・・・
それから父をとりまく人やモノ・・・
すごく温かい何かに包まれている父。
きっと、お父さんも感じていただろう。
LIFE IS BEATIFUL !
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
じっちのことを大大大好きだったYuhiは、今朝も
『ねぇ、じっちのケガはまだ治らないの??』って聞いてきた。
4歳のYuhi。
じっちの死を理解するのはまだむずかしい。
それでも、出来るだけ分かりやすくは伝えていた。
“じっちはね、お星さまになったんだよ。
もう会えないけど、Yuhiのことをいつも見てるんだよ”
父は闘病中によく言っていた。
“この世に未練はないから、安心してくれ。俺は大丈夫だ。”と
でも、必ずそう言った後に
“でもなー Yuhiの成長は見たかったな・・・
せめて小学校入学まで・・・ それだけが心残りだな。”と淋しそうに付け足した。
Yuhiが産まれてから、まるで我が子のように(それ以上に?)Yuhiを可愛がったお父さん。
せめて動けるうちに・・・と、術後、無理をしてYuhiを山梨のトーマスランドにも連れていって、欲しがった自転車も買ってくれた。
“これはじっちが買ってあげたんだよ。忘れるなよ!”って念をおしてたっけ。
まだ幼いYuhiの記憶に自分のことを残そうと必死だったんだろう。
Yuhiにじっちのことを忘れないでいて欲しい。
これが何よりもお父さんの望みのような気がする。
ママとして、そして娘として。
Yuhiと父のために、たくさんの思い出や病気のことなど、父のことを書き残しておこうと思う。
いつか子供達がこれを読んで、命の大切さや、家族の素晴らしさを感じてもらえるかもしれない。
父と過ごした日々、父が愛した家族、Yuhiとじっちの日々、たくさんの思い出・・・・
最後の最後まで誰かを愛して、思っていた父。
辛いことだっていっぱいあったけど、いつも愛情にあふれた父とのキラキラに
輝く美しい日々。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆
亡くなった日の夜、パパの実家にいたYuhiが夕方になって、じっちの家に行く!と
泣き出してどうしようもないって、パパが連れてきてくれた。
実家に来たYuhiは、布団に横たわるじっちを見て、
“ねえ、じっち起きないの??お団子(供え物)食べなかったの??”と不思議そうな顔をした。
“じっちね、お星さまになったんだよ。教えたでしょ・・・”と私が言うと、
しばらく黙ったあと、小さな声でYuhiがささやいた。
“じっちに会いたいね・・・・”
ママもとっても会いたい。
涙が止まらなくて、声にならなかった。


最近のコメント